お灸のはなし(A.D.700年頃~)

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さきたま伝統鍼灸研究会

お灸の歴史についてのお話が代表の石田真一先生からありました。
当日の配布資料を公開いたします。

【三教指帰】(さんごうしいき)

弘法大師空海(774~835)

「瞳矇(とうぼう)を針灸して此の直き荘(みち)に帰せしめよ。豈盛ならざらむや、復快からざらむや」

【秘密曼荼羅十住心論】(ひみつまんだらじゅじゅしんろん)

弘法大師空海(774~835)

【保元物語】

【源平盛衰記】

【平家物語】

【玉葉】

九条兼実(1149~1207)日記

【明月記】

藤原定家(1162~1241)日記

【山槐記】

中山忠親(1151~94)日記
仁平2年9月6日(1152)の日録

「申の刻、束帯ヲ着シ、関白殿ニ参ジ、実長朝臣ノ灸治暇(きゅうちいとま)ノ事ヲ申ス」

【梅窓筆記】

橋本経亮:18世紀初頭梅宮大社祠官

「女官達の灸治をするときは、暇を玉わりて里に下がりおる、今は灸下がりという、
灸治暇なるべし」

【徒然草】

吉田兼好(1283~1352)随筆

「第148段 四十以後の人、身に灸を加えて三里を焼かざれば、上気の事あり、必ず灸すべし」

【日葡辞書】

イエズス会。慶長8年(1603)日本語をポルトガル語に語釈辞書。

「ヤイトウ=ある乾かした草ですえる灸。ただし正しい語は、灸治である」

他に、灸、ササ針などがある。

【慶安の御触書】

三代将軍・家光治下の慶安二年(1649)二月二十六日、幕府から全国の農民に対して発せられた法度。正式には『諸国郷村へ仰せ出され』全文三十二ヶ条から成る。
(第二十二条)

春秋灸をいたし、煩ひ候はぬ様に常に心掛くべし。
何程作に精を入れ度しと存じ候ても、煩ひ候へば、其の年の作をはづし、身上つぶし申すものに候間、其の心得専一なり。女房、子供も同前の事

【折たく柴の記】

新井白石(1657~1725)

「灸少しきに数すくなきとは無益の事也と仰られて、大きなる灸を、其数少なからず、五所も七所も、一時にすへさせて、痛み給ふけしきも見え給はず」

【好色五人女】

井原西鶴(1642~1693)

「折節(おりふし)秋も夜嵐いたく、冬の事思ひやりて、身の養生の為とて茂右衛門灸おもひ立けるに、腰元のりん、手がるく居ることをゑたれば、是をたのみてもぐさ数捻りて、りんが鏡臺(きょうだい)に嶋の木綿ふとん折かけ、初一つ二つはこらへかねて、お姥から中ゐからたけまでも其あたりおさへて皃(かほ)しかむるを笑ひし。跡程煙つよくなりて、塩灸(しおやいと)を待兼しに、自然と居落して、背骨つたひて身の皮ちゞみ、苦しき事暫なれども、居手の迷惑さをおもひやりて、目をふさぎ、歯を喰しめ堪忍せしを、りんかなしくもみ消して、是より肌をさすりそめて、いつとなくいとしやとばかり思ひ込・・・」

【奥の細道】

松尾芭蕉(1644~1694)

「月日は百代の過客にして、行きかふ年も又旅人也。船の上に生涯をうかべ馬の口とらへて 老いをむかふる物は、日々旅にして、旅を栖とす。古人も多く旅に死せるあり。
(中略)
春立てる霞の空に、白川の関こえんと、そぞろ神の物につきて心をくるはせ、道祖神のまねきにあひて取もの手につかず、笠の緒付かえて、三里に灸すゆるより、松島の月先心にかかりて、住める方は人に譲り、杉風が別墅に移るに、
草の戸も 住替る代ぞ ひなの家 面八句を庵の柱に懸置」

2005年5月2日
愛知万博中部千年共生村ワークショップ「千年の癒しやいと」にて開催された内容を基に編集しています。

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