江戸期から続くもぐさ屋
弊社と同じく江戸期からもぐさの商いをされておられる日本橋小網町にある釜屋さんの状況も書き記しておきます。
「おつなちらしで こころのこまの くるってつないだ 三のいと」という都都逸に「チラシモグサ」の語源を見ておられる模様です。(この都都逸の浮世絵を見るとよく分かりますよ。)
即ち釜屋さんは【散艾】を「チラシモグサ」であると考えておられます。
ただ釜屋さんにも弊社とは異なる形の商材を「バラモグサ」と呼ぶ商慣習はいまでもなお健在で「バラモグサ」という単語も全く見当はずれなもぐさ屋用語では無いような気がいたします。
- (※注1)米作り用唐箕が全国的に普及する年代を和漢三才図会が刊行された1712年から1720年代前半と推測し、歌川広重が亀屋もぐさの店頭風景を描いた木曽海街道六拾九次之内柏原の版画絵の制作年代を1830年代後半(1835年-1837年)と推測しています。
- (※注2)もぐさの生産量がそのピークを迎えたのがペリー来航あたりの1850年代だと記憶しています。が、如何せん不確かな記憶でもあり正確な情報をお持ちの方は是非ご教授ください。
- (※注3)現在、弊社に於いてもぐさを米俵に包み出荷する作業は既に有りませんが、棚卸しをする際に使用する項目の一つに「俵もぐさ」という項目は存在します。
追記
第2回二回日本の灸シンポジウムより
- 亀屋:バラもぐさ(お金を散まく) cf.俵もぐさ
- 釜屋さん:チラシもぐさ cf.都々逸
- 教科書:チリもぐさ(まとまってないもの:パネリストのレジュメより)散り散りバラバラ :(形動) 散り乱れ、はなればなれになること
もぐさがはなればなれになる状態を散りもぐさと呼ぶ。このことが、教科書の根拠だと分かりました。だとすると、俵もぐさという概念は教科書には無く、もぐさ屋に伝わる言葉だとなります。
だがしかし、
屁理屈こねると「散り散り散ら散ら」(チリジリバラバラ)もぐさですね(笑)





